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奥村電機商会(京都 奥村猛社長)  [明治 大正 時代の電機業界のリーダー]

 奥村電機の歴史のご存知の方、 親戚 縁者 取引業者 の方で
 情報をお持ちの方、是非ご連絡ください、お待ちしています。

E-mail alameda1313@ybb.ne.jp 携帯電話 080-1268-5065
                         田中 耕作 まで

歴史に残る水力発電所   その一  京都蹴上発電所 明治24年

国内4番目の発電所で、京都先斗町に初めて電燈を点した発電所です
明治24年蹴上にわが国最初の水力発電所が誕生したことが契機となった。奥村電気は昭和初期の不況期に解散したが、明治大正期には発電機や電動機などの回転電動部門ではわが国有数の企業として知られており、奥村電機の京都移転以後、さまざまなメーカーが京都で電気機器の製造を開始した。

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歴史に残る水力発電所 その二  福井宿布発電所 明治 32年5月営業開始

北陸電力 福井総合制御所 保存場所

、福井に初めて電燈が点いた偉業でした、
宿布発電所の建設は後の熊谷組初代熊谷三太郎氏(当時20代後半)設立の起源となり日本水力発電ダムの工事の黎明期に多いに役立つたと思います、三太郎さんは石工でその腕は素晴らしいものがありその工事の見学に足しげくかよったのが、後の前田建設の初代で彼も元は石工であり、両者とも飛島土木(現飛島建設)の水力発電所工事(ダム)に多いに貢献したようです、(伝聞)宿布発電所が後世の日本の大手土建業者を育てた意義ある工事であり、因縁めいたものを感じます

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宿布発電所img204.jpg

P1030585.jpg
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ぷ~でる

大変遅まきながら、うちに「辞令」がありました。
「吉祥院工場工場庶務係勤務ヲ嘱託ス
 月手当金六拾円支給
 大正九年九月十日 株式会社奥村電機商会」
とあります。
吉祥院工場って、京都のようですがどこにあったのでしょう?
by ぷ~でる (2012-11-02 21:23) 

laquinta

返事遅れて申し訳ありません、吉祥院工場は京都駅の南だそうです、現在でも吉祥院の地名はあるようです、月手当60円は当時としてはかなり優遇、中間管理職と思われます。軍人では中尉位の給料とほぼ同じくらい。出来たら辞令コピーでもいいですが、添付送信して下されれば、有難いのですが?

E-mail alameda1313@ybb.ne.jp

田中 耕作です
佐渡金山にも奥村電機の建設した水力発電が現存しています。
北街道で最初の水力発電所も奥村電機の機材が使用されています、資料は手元にあります。
by laquinta (2013-08-27 05:12) 

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